ヤフオクで購入した中古エイプのエンジンを載せ替え、ナンバーも取得し、ようやく乗る準備が整ったエイプ。人生ではじめてバイクに乗った経験談を私小説でつづります。
さあ、いこうか。
私はベッドサイドから立ち上がり、真新しいライディンググローブを装着しながら、メンテナンスが完了したバイクへ向かう。
今日は、まだ梅雨に入りきらない爽やかな小春日和。昨夜から降り続いていた雨はとっくに上がり、降り注ぐ陽光の熱で路面はすでに乾いている。新しい愛機のシェイクダウンにはもってこいのコンディションだ。
バイクのハンドルにぶら下げていたアライをかぶると、フルフェイスのチークパッドが心地よく私の頬をなで、適度な力で頭部をホールドした。
しかし、そこで私は気づいた。グローブをしたままではヘルメットのあご紐を留めることができないではないか。素手による繊細な指使いでなければ、Dリングのストラップを留めることなど不可能だ。
私は仕方なく、装着したばかりのグローブを脱ぎ、気を引き締める思いでヘルメットのストラップを締め込んだ。
エイプの心臓を目覚めさせるには、ケツを蹴り飛ばしてやる必要がある。
セルモーターなど必要ない。重量物となるバッテリーもだ。原始的と揶揄されようと、軽さこそがこいつの最大の武器なのだ。
可倒式のキックペダルを引き出し足をかけ、ペダルを軽く踏んでピストンを排気上死点に一度合わせる。そこから一気に右足の踵を踏み下ろすと、カララという心地よいラチェット音を合図に、載せ替えたばかりのエンジンが重々しい咆哮を上げて目覚めた。
単気筒エンジン特有の単発的な重低音の連なりが、チタンと炭素繊維で構成された排気口から吐き出される。眼前にある円形のメーターディスプレイには幾つもの幾何学模様が描かれ、エキゾーストノートに合わせてゲージが脈動しながら跳ね上がった。
それは次第に収束していき、ゲージは1500rpm近辺を指し示す。稼働したエンジンは無事アイドリング状態に落ち着いた。薄い白煙がヨシムラの排気口から立ち昇る。
エイプの操作マニュアルは昨夜のうちに読み込んでおいた。1つひとつの操作に対する不安はない。しかし、状況に合わせた複雑な操作とそれぞれの連携は別だ。こればかりは身体にひとつづつ覚えこませなければならない。
バイクにまたがると各レバーの位置と感触を確かめる。フロントブレーキレバーとリアブレーキペダルの遊び量に対し、ブレーキパッドの摩擦面が擦れ合う瞬間の位置を確認した。クラッチレバーの握り込み量と、フェーシングがリリースを始める位置関係をしっかりと身体に覚え込ませる。
左足でギアチェンジレバーを1速に踏み落とすと、軽い金属音とともに駆動力がチェーンを通してタイヤに伝わりはじめるのが感じられた。その状態からわずかに右手でスロットルレバーを引き絞り、唸りを上げるエンジン音の高まりを感じながらクラッチレバーを握った左手をゆっくりとリリースする。
クラッチがエンジンの発する出力を路面へと伝え、車体がゆっくりと前へ進み出す。そこからもう少しだけスロットルを開けると、車体が急激に前へ飛び出した。私の身体は後ろに置いていかれそうになる。
思わぬ挙動にレバーを戻すと今度は前へつんのめるようにして減速Gがかかり、エンジンはストール気味になる。ガクガクと前後に揺れ動くバイクに、私の身体は翻弄された。
スロットルの開きが甘い。不安定になったエンジンの回転をリカバリーすべく、スロットルレバーを大きく開くが間に合わない。回転計のゲージは思いに反しゼロrpmを指し示そうとする。
エンジンが停止する前にクラッチレバーを握り、ストールするのだけはなんとか避けたが、こいつは予想以上に手強い。スムーズに発進をするには、滑らかにスロットルを開き、緻密にパワーデリバリーを管理する必要がありそうだ。
さきほどの操作と挙動のエラーを頭と身体に叩き込み、再度発進を試みる。今度はエンジンの回転数を高めに保ってクラッチを滑らせ気味につなぐ。2度目の挑戦はストールの兆候をみせずに滑らかに発進できた。
1速での挙動が安定したら、右手でスロットルを絞ると同時に、左手と左足を連携させて2速へシフトする。速度が上がる。後輪が車体と身体を押し出し、さらに安定感が高まるのを感じる。
デジタル表示の速度計は10km/hを指し示していた。
続きはこちら↓↓↓