ヤフオクで購入した中古エイプのエンジンを載せ替え、ナンバーも取得し、ようやく乗る準備が整ったエイプ。人生ではじめてバイクに乗った経験談を、私小説でつづる最終章。
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坂道発進はできなかったものの、平地での発進停止は問題なくこなせる。
発進トルクがやや細く感じるのは50ccという小排気量だからか、エンジンに見合わない大型のエアクリーナーのせいかはわからないが、近所の移動には充分な出力で私の身体を目的地まで運んでくれそうだ。
とはいえ、慣れない操作に運転中は余裕などない。
後ろにパトカーがついても、こちらとしてはそれどころではない。わざわざ車通りのない道を選び、法定速度を遵守して乗っているのだ。捕まる理由などない。
ややうるさいマフラーは取り締まりの対象となるか不安だったが、わざわざ原付を捕まえるほどのヒマではないだろう。
原付一種の30km/h制限速度はたしかに、車からしてみたら遅すぎて迷惑な速度だ。
しかし、30km/hという速度は、特別な訓練なしで人間が対応できる上限速度だと思われる。それ以上の速度で安全に走行するためには訓練や習熟を要する。
30km/hで走行するのが危険だからといって、仮に上限速度を引き上げられれば、免許取得のハードルが高くなり、簡単に乗れる原付一種のメリットがなくなってしまうだろう。
それにともなう性能の引き上げで車両価格も高くなる。古い制度とはいえ制限速度30km/hは妥当な数値だと思われる。
とはいえ、60km/h以上で走る自動車との速度差は非常に危険だ。速度域の高い国道や道幅の広い道路は原付では走らないという自主的な規制が必要になる。
走行中、いつぞや聞いた「ニーグリップ」という言葉を思い出した。
ひざでタンクを挟み込むように身体を固定する運転姿勢。試してみると、自然に骨盤が立ち、上半身の力が抜ける。バイクに乗るという初めての経験に、私の身体はいささか緊張していたようだ。
身体の硬直が緩み、走行風が身体をつきぬけていくような清々しさを感じた。それと同時に、車体全体の重心が下がったように感じられ、車体はさらに安定する
20km/hあたりを境に、身体に当たる風が急に冷たくなる。そして、身体に吹き付ける風圧も上がる。
風速に換算すると秒速5m程度の風。これが30km/hになると風速8m。60km/hでは風速16mの強風で、100km/hでは台風並だ。
これが移動中ずっと続くとなるとかなりの苦痛だ。おそらく、バイク乗りは全員マゾヒストなのだろう。
しかし、身体で空気を切り裂いて走る感覚は爽快だ。また、身体全体を繊細に使って操作している感覚はモータースポーツというよりは正真正銘の「スポーツ」に近い。五感と身体能力を使って乗る必要のあるバイクは、「移動している」という感覚を実感しないわけにはいかない。
そして、各操作を的確にコントロールしなければ上手く走ることができないモータースポーツの面白さが、極低速域でも楽しめる。これが自動車とのもっとも大きな違いに感じられる。
自動車は、ある程度の場所と速度がなければモータースポーツを楽しむことが難しいスポーツだ。それがバイクなら、ちょっとそこまでの移動が非日常であり、充分にモータースポーツになる。
興味本位でバイクを買ったはいいが、乗り続けられないようであれば手放すつもりでいた。
しかし実際にバイクに乗ってみると、原付バイクであっても、鮮烈なほどの魅力があることが実感できた。
しっかりと乗りこなせるようになったら、原付二種か中型免許を取得して、手持ちの100ccのエンジンに載せ替えよう。そのときは、今日とは違った新しい感動が待っているのだろうと期待する。
とりあえずは、しばらく50ccのままホンダ エイプの整備を進めて乗り続けようと思う。
了
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