ブレーキフルードとエア噛みの原因についての考察です。
ブレーキフルードの高性能化によってペーパーロック現象はほどんど起こらなくなりました。しかし、温度の上がらない街乗りであってもブレーキの使い方によってフルードはわずかに沸騰し、エア噛みは発生します。
ブレーキフルードについて、エア噛みのメカニズムを交えて解説と考察を述べます。
ブレーキフルードとは?
ブレーキフルードとは油圧ブレーキを作動させるための圧力伝達媒体です。
液体が充填された容器に圧力を加えると、容器の壁面全体に同じだけの力が加わる「パスカルの原理」を用いた仕組みで油圧ブレーキシステムは動作しています。
これは、油圧ジャッキや重機などの油圧ショベルも基本的には同じ機構です。
なによりも安定した動作が求められるブレーキフルードには、耐寒・耐熱・高沸点温度などの特性が与えられています。
ブレーキオイルとも呼ばれますが、潤滑に用いる油は「オイル」、ブレーキやクラッチのように作動に用いる油は「フルード」と呼ぶのが一般的です。
ブレーキフルードの原材料
ブレーキフルードにはグリコール系、シリコーン系、鉱物油系が存在し、一般的な車両にはグリコール系が用いられます。
ただし、グリコール系のブレーキフルードは高い吸湿性があり、水分が混ざり込むと性能が劣化します。
シリコーン系フルードは耐寒・耐熱・沸点温度などに優れた特性を持ちますが、レース用や古いハーレーダビッドソンなど限られたシーンでのみ用いられる特殊なブレーキフルードです。
鉱物油系のブレーキフルードは現在ではほぼ使われていません。
異なる組成のブレーキフルードを混ぜると分離して混ざらないそうですが、場合によっては固まることもあるようです。
ブレーキフルードの規格
ブレーキ装置とは、言い換えれば運動を熱に変換することで車体を減速させる装置です。
油圧ブレーキを作動させるブレーキフルードは、高温にさらされて沸騰してしまってはフルードの役割を果たせなくなるため、沸点温度が非常に重要です。
沸点温度は、FMVSS(米国連邦自動車安全規格)では「DOT」、JIS (日本産業規格)では「JIS BF」の規格で表されます。
また沸点温度は、吸湿率0%の沸点(ドライ沸点)と、長期使用による吸湿した状態での低下した吸湿率3.7%時の沸点(ウェット沸点)などに応じて性能分類されます。
DOT3やBF-3よりも、DOT4やBF-4の方がドライ・ウェット沸点が高いため、より高温になるハードなブレーキングでもブレーキフルードが沸騰しづらくなります。
ただし、DOT3やBF-3よりも、DOT4やBF-4の方が吸湿率が高くなるため、劣化しやすいフルードであるといえます。規格値はDOTもBFもほぼ同様です。
基準 |
主成分 |
ドライ沸点 |
ウェット沸点 |
DOT 3 |
グリコール |
205℃以上 |
140℃以上 |
DOT 4 |
グリコール |
230℃以上 |
155℃以上 |
DOT 5.1 |
グリコール |
260℃以上 |
180℃以上 |
DOT 5 |
シリコーン |
260℃以上 |
180℃以上 |
ブレーキフルードを交換しないとどうなる?
ペーパーロック現象が起こる
ブレーキフルードに水分が混ざり込むと沸点が下がります。これによって起こるのがペーパーロック現象。
ペーパーロックは、沸点が下がったフルードが減速時に発生する熱で沸騰して気泡が発生し、フルードに圧力が伝わらなってしまう現象です。
ペーパーロックが起こると、ブレーキレバーやペダルを踏んだ圧力は、一度気泡を圧縮してからでなくてはオイルに伝わらなくなるため、ストローク量が大幅に増えることになります。
重度の場合は限界ストローク時でもブレーキを利かせるだけの圧力がまかなえないため、ブレーキが一切利かなります。
ブレーキフルードのウェット沸点の基準となる吸湿率3.7%とは、1〜2年使用したときの水分量です。
そのためブレーキのフルード交換は、遅くとも2年おきには行っておきたい重要点検箇所です。
ブレーキ内部がサビる
ブレーキフルードが吸い込んだ水分は金属部を腐食させるため、長期間ブレーキフルードを交換しないとブレーキ内部のサビやすくなります。
その対策として、ブレーキフルード自体にも防錆剤が含まれています。
仮に、サビによるピストン固着でパッド動きが阻害されるとブレーキパッドの偏摩耗や引きずりなどの症状に発展します。
とくに、常にパッドが押し付けられる重篤な引きずりがおこると熱が発生し続け、ブレーキフェードやペーパーロックを引き起こします。
ブレーキフィールを悪化させるエア噛みが起こる
ブレーキ温度が高くなるサーキット走行はもちろん、比較的ブレーキ温度が低い街乗りでもブレーキフルード内には気泡が発生します。
この症状を「エア噛み」といいます。ブレーキが利かないほどではありませんが、気泡によってブレーキ圧が吸収されてしまうため、ブレーキのコントロール性が悪化します。
エア噛みの原因は、ブレーキシステム自体のわずかな隙間からの外気混入に加え、瞬間的および部分的なフルードの温度上昇や、沸点未満温度帯でのわずかな蒸気圧の高まりが原因だと思われます。
つまり、ブレーキ温度がフルードの沸点温度に到達しない使い方でもブレーキフルードには気泡が発生する恐れがあるということです。
エア噛みはなぜ起こる? 【エア噛みの原因】
ブレーキが効いている間はフルードに高い圧力が加わっているため、沸点温度は規格上の温度よりも引き上がっています。
しかし、ブレーキをリリースすると、圧力が下がると同時に規格沸点まで引き下がるため、ブレーキ温度が高い場合には一気に沸騰を起こします。
ブレーキング時にもっとも早く温度が上がるのは、熱の発生源であるパッドを押し付けているピストン裏です。ピストン裏に面しているわずかな量のフルードが沸点温度に達すれば沸騰し気泡を発生させます。
また沸点温度まで上昇せずとも、沸点近くまで温度上昇すれば、それに応じて蒸気圧も高まるため、わずかに気泡を発生させます。
これは鍋でお湯を沸かす状態に似ています。沸騰温度に達する直前でも水の蒸発量は増えますし、瞬間的・部分的に沸騰温度に達した鍋底からは気泡が立ち上ります。
これと同じ物理現象がブレーキシステム内で起こっていると思われます。ただし、ブレーキの場合は可変圧力鍋に近い環境といえるでしょう。
ブレーキフルードの定期交換とエア抜きの必要性
ブレーキフルードの高性能化で、ブレーキの機能不全を起こすほどのペーパーロックを起こすことは非常に稀になりましたが、ブレーキ温度が高まると限定された範囲での沸騰が起こっており、これがエア噛みの原因になっていると思われます。
そのためブレーキ温度が低い街乗りであっても、走行風によるブレーキの冷却効果が期待できないフルブレーキからの完全停止はフルードの温度が上がりやすく、エアが噛みやすい状態に陥ります。
また、引きずるように使うバイクのリアブレーキも同じく冷却が追いつかず瞬間的に沸騰温度に達しやすい状態といえるでしょう。
わずかな気泡であっても、場所によってはブレーキの熱によって気泡の体積が膨らむため、さらなるブレーキフィーリングの悪化や不安定感につながります。
このためエアが噛み込んだら、ブレーキフルードの交換と同じ要領で混入した気泡を抜いてやらなくてはなりません。
↓ブレーキフルードを交換したときの記録です。